中医鍼灸学~臓腑雑説~
臓腑雑説 1.総論
浅川 要
中医鍼灸学の特徴を一言でいうと、望聞問切の四診を使って臓腑や気血津液の病的な状態を判断し、経絡経穴によってそれを是正することです。
ですから臓腑や気血津液の生理や病理を理解しておかなければなりません。
鍼灸科や鍼灸マッサージ科の人たちが1年生の時『古典鍼灸書講読』の授業で延々と臓腑論や気血学説を勉強するのも、そのためなのです。 
中医学(東洋医学)の五臓六腑は解剖的には「脾」と「三焦」を除いて、ほぼ現代医学の内臓と同じものを指しています。 しかし、これが大きな問題なのです。
舌尖の赤さや寸口部の浮大脈を診て「あなたは心に熱があります」などというと、「心電図ではなんとも無いけど」から「心臓の熱だなんていいかげんなことを言うな」まで、さまざまな反応がおこります。 
ですからなにも説明しないで治療することも多いのですが、「一体どんな具合でしょう」などと聞かれると、無言でいるわけにもいかず、「あなたの症状は東洋医学でいう心熱によって起こったものなのです」といわざるをえません。 
そうするとさらに続けて「そもそも東洋医学の心とは・・」と説明を始めなければなりません。 
中医学を全く知らない人にそうした話しをするのはとてもしんどいことです。 
でも、なぜこんなことが起こったのでしょう。 
私はその責任は西洋医学の解剖書が日本や中国に入って来た時に、それを翻訳した杉田玄白(『解体新書』・江戸時代)や王清任(『医林改錯』・中国清代)などが負うべきではないかと考えております。 
解剖学的に同じであったために、中国や日本などで古来から使われてきた臓腑の名称をそのまま西洋医学の語彙として用いてしまったことが、ことの起こりなのです。 
もしその時、東洋医学の五臓六腑と西洋医学のそれとは全く別物なんだと彼等が認識して、異なった名称にしたら、少なくともこうした混乱は起こらなかったのではないでしょうか? 
つまり、中医学の五臓六腑は、解剖学的には現代医学の内臓と同じものも多くありますが、その考え方や機能は全く異なっており別物と考えるべきなのです。 
ですから「脾は今日の膵臓」(本間祥白著『誰にもわかる経絡治療講話』)のように、東洋医学の臓腑に対して、現代医学を用いて説明する日本の一部の鍼灸書は、分かりやすいように見えて、実はかえって誤解と混乱を生じさせてしまいます。 
では中医学の臓腑とは何なのでしょう。 
臓は五臓(心、肺、肝、脾、腎。心包を加えた場合は六臓)、腑は六腑(胃、小腸、大腸、膀胱、三焦、胆)と奇恒の腑(脳、髄、骨、脈、胆、女子胞)を指しますが、臓と腑の違いは歴然としています。 
それについて中国最古の医学書である黄帝内経『素問』の五臓別論篇では「所謂五臓なる者、精気を蔵してもらさず。故に満ちて実する能わず。六腑なる者、物を伝化して蔵さず。故に実すれど満つる能わず」と明確に区別しております。 
つまり五臓は精気が蓄えられ充満していることでその働きなしているのに対し、六腑は普段は中空(虚)で、食べ物が送られてきた時だけ実の状態になってその働きがおこるのです。 
例えば胃は口から食べ物が送られると実となって、「腐熟」(消化)という働きを起こし、一定時間が経つと、ゆっくりと小腸に「腐熟」した食べ物を送り空(虚)になります。 
今度は小腸が実になって、小腸の「化物」(消化吸収)という働きが始まります。 
奇恒の腑も中空なのですが、いつもその中に精気を蓄えている点では五臓に近いので、五臓とも六腑とも異なるということで五臓六腑とは一線を画しております。 
したがって五臓の病変とは多くの場合、精気が不足することでおこるのですが、六腑では通じないことが、その主な病変といえます。 
さて、こうした臓腑の形態と働きに対する認識はどのようにしてできあがったのでしょうか? 
確かに解剖学的な知識も古代中国には存在し、それが臓腑の形態を認識する上で役だったことは否めませんが、中医学の形成にはあまり関与しませんでした。 
それよりむしろ体表の様々な部分の細かい変化を通じて、臓腑の働きや病変を考えていくことが臓腑論の中心となりました。 
つまり中医学では、当然、生きた人が対象になり、その細かな観察から臨床における診断と治療を考えていったのです。 
ですから、中医学の臓腑論を蔵象学説とも言います。 この時の蔵とは内臓の生理や病理のことを指し、象とは臓腑の生理的ないし病理的状態が外に現れた現象のことを意味します。 
中医学の臓腑論のもう一つの特徴は臓腑を単独のものとしてはみないということです。 
例えば、風邪をひくと、寒気がして皮膚がざわざわし、くしゃみや鼻水がでてきます。さらに進むと肺が担っている呼吸が変動して、咳や痰が出始めます。
このようなことから、鼻と皮膚と肺は関連しているのではないかと考えたのです。 
このように古代の中国人は様々な症状や体表の変化を無数に観察した経験から、人体のあらゆる部位の生理や病理は、五臓を中心に有機的に統合された生命活動の一部のそれであると考えたのです。 
つまり肺とは肺自体の機能だけでなく、肺経のように肺の支配を受けて肺と他の部分や体表を結びつけているもの、鼻や皮膚のように肺の影響を受けるもの、白目のように肺の状態を現しているものなどを統括したものといえます。 
ようするに肺とは肺の系統を意味します。
そしてそれは他の四臓でも同じですから、人体とは五臓を中心にした五大系統が有機的に結びあった統合体から成り立っているということができます。 
ですから人体のあらゆる病変は五臓六腑と関連しているということもできます。 
中医鍼灸学どのような病変に対しても、五臓六腑に着目して、その調整を経絡経穴を使って行うことで治療しようとする理由もここにあります。 
紙幅が無くなりました。 次回からは一つ一つの臓腑についてお話していきましょう。

=完=

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