中医鍼灸学~臓腑雑説9~
臓腑雑説 9.胆
浅川 要
今回は「胆」についてのおしゃべりです。

胆は『類経図翼』(明代・張介賓著)に「胆は肝の短葉の間に在る」と記されていますように、解剖学的には現代医学の胆嚢と同じものを指しているのでしょう。臓腑の位置を示す兪募穴(兪募穴の奥にその臓腑が存在する)では、第6肋間の肝募穴期門穴のすぐ下第7肋間に胆募穴の日月穴があり、肝兪穴の1椎下に胆兪穴がありますので、胆は肝にくっ付いていることが分かります。
胆は臓腑のジャンル分けでは、「六腑」に属すとともに、「奇恒の腑」にも所属しております。臓腑の中で2つのジャンルにまたがるものは胆だけです。ですから、他の六腑には無い特色を持ちます。
その一つが「胆がすわる」、「胆を冷やす」、「胆を抜かす」、「胆試し」「落胆」などの表現に見られるように、人間の持っている勇気や度胸に係わる表現には日常的に胆を用いた言葉が使われることです。
すでに『素問』霊蘭秘典論でも「胆は中正の官、決断はここより出づ。」と胆が公正で剛直な器官であり、正確な判断を下す能力を持っていると記されていますので、これは胆に対する中国医学の有史以来の認識だろうと思われます。

さて、ここで一つ、不思議だとおもうのは、胆は六腑に所属しているのに、なぜ「神明」・「治節」・「謀慮」などといった五臓に振り分けられた精神活動と同じように「決断」という精神活動の一端を担っているのでしょうか?精神活動は五臓が蓄えている精によって作られるものでしょうから、六腑である胆ではおかしなことになってしまいます。
胆については有名な故事があります。中国の戦国時代、呉王夫差が父の仇である越王勾践に対し、復讐心を忘れないようにするために「臥薪」し、越王勾践もあだ討ちの志のため「嘗胆」したというのです。
胆の苦味を味わうことで受けた屈辱の恨みを晴らすというのですから、相当に苦いのだろうと思いますが、他の六腑ではその腑そのものの味について語っているのを寡聞にして知りませんので、これも胆の特色といっていいでしょう。
胆が精神活動に係わることと、胆に味があることは六腑としての特色ではなく、奇恒の腑としての特色といえます。奇恒の腑であれば、その中には精(胆の場合は胆汁)を蓄えていますから、精神活動に係わるとしてもおかしくはないですし、胆の苦味は胆汁によるものなのでしょう。
では、胆の六腑としての共通性はなんでしょうか?胆は中に胆汁を蓄えているのですから、「六腑なる者、物を伝化して蔵さず。故に実すれど満つる能わず。」(『素問』五蔵別論)と規定された中空で虚実を繰り返して飲食を変化させていく六腑の特色とは大きくかけ離れております。

ですから、六腑の共通性としては、「六腑なる者は水穀を受けて行(めぐ)らせ、物に化するゆえんの者なり」(『霊枢』衛気篇)といった飲食の消化に胆も係わることだけだと思います。
確かに『素問』金匱真言論には、「胆・胃・大腸・小腸・膀胱・三焦の六腑は皆陽と為す。」と胆は六腑の一つになっているのですが、片方で、『素問』五蔵別論には、「脳・髄・骨・脈・胆・女子胞 此の六者は地気の生ずる所なり、皆 陰を蔵して地に象る。・・・胃・大腸・小腸・三焦・膀胱 此の五者は天気の生ずる所なり。其の気は天に象る。」としております。
こうしたことから、卑見としては、胆は六腑から外して、奇恒の腑だけの所属としたほうがいいのではないかと考えております。
胆は胆汁を蓄え、胃腸の飲食の具合によって小腸に胆汁を分泌しますが、この胆汁は胆では作られません。肝で作られ、胆に運ばれ蓄えるのです。このことについて、朝鮮の医学書『東医宝鑑』(許浚著・1613年刊)には「肝の余気、溢れて胆に入り、聚りて精となる。」とあります。

私の持っているのは『東医宝鑑校釈』(人民衛生出版社刊)なのですが、そこにはこの一文は明代『医学入門』から引用したものであると記されていますし、もともとは『脈経』がその出自とも言われていますので、胆汁は肝で作られ胆に蓄えられるというのは、中国医学の医学常識であったことが覗えます。
胆の機能とは一つには胆汁を貯蔵することであり、もう一つには胆汁を消化の必要において、腸内に排泄することです。したがって胆の病変は一つには胆汁の貯蔵や排泄の異常となって現れてきます。その代表的な症状が『霊枢』四時気篇に「胆液排泄すれば則ち口苦である。」と記されているように口の苦みです。肝火が胆に及び肝胆に熱が生じてくると、胆気が蒸されて口の苦みが起こってくるのです。
ですから、口の苦みがあったり苦い水を吐いたりしたら、実証の胆熱証と判断し、胆経の?水穴である侠谿穴などを用いて治療します。また胆汁がきちんと腸に排泄されず全身の皮下に広がると黄疸の症状がでてきます。この場合は胆経の合土穴陽陵泉穴で対処したりします。さらに胆実証では胆経の経気が阻滞しますから、胆経の流注に沿って、脇痛・耳鳴り・頭痛・目の充血などの症状が現われてきます。
このような場合、奇経八脈とも係わりのある足臨泣穴と外関穴の八脈交会穴(八総穴)の組み合わせが効を奏します。胆のもうひとつの病変は精神面に現われてきます。胆実証では怒りっぽいとかいらいらするといった肝の病変と同じような精神状態になります。それに対し気血が不足して胆気が虚弱な胆虚証では、「どきどきして驚きやすい」、「不眠」、「よく夢をみる」といった心理状態に陥ります。
『霊枢』四時気篇には胆に邪が存在すると「人将に之を捕らえんことを恐れる」といった、常に捕まるのではないかとびくびくしながら逃げ回っている犯罪者のような気持ちになると書かれています。この場合は胆兪穴で胆の治療をするだけでなく、心兪穴・内関穴・神門穴などを使った心の治療を必要とします。

=完=

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