中医鍼灸学~臓腑雑説3~
臓腑雑説 3.心
浅川 要
心は前回お話した肺と同様、膈より上部の上焦(胸腔)という領域に位置する臓器です。
心の字は心臓を象ったものですから、古代の中国人も現代医学の心臓と同じものを心としていたことがわかります。
心は絶えず拍動して血液を血脈(経脈)中に排出し、全身のありとあらゆる所に血液を送り出します。
この血液は生命活動を維持する基本物質ですから、心の拍動が止まった時が生命の終わりを意味します。ですから、「心とは生の本」(『素問』六節蔵象論)と記されているように心は生命の根本を担う臓器なのです。
気血や元気、津液が心に供給されて作り出され蓄えられた心の精(五臓六腑の精の1つ)は心の気血陰陽となって2つの働きをします。
1つは「血を主どる」ことであり、もう1つは「心は神を蔵す」ことです。

「血を主どる」 「血を主どる」作用には2つの内容が含まれています。
その一つは「心は血脈を主どる」と表現される心の血液推進運動です。
血液が脈管(経絡)を進む力は主に心の拍動によって作り出されます。
もう1つは「心は血を生じる」ということです。
特に血が赤いのは心の色である「赤化」によるのだとされています。
しかし、血液の生成には五臓全てが係わっており、中でも肺と脾は血液の原材料である自然の清気と水穀の精微を供給している点でその生成に一番係わりが深いので、「心は血を生ずる」ことを強調するのは、あまり意味がないように思われます。

「心は神を蔵す」 医学古典では「心は神志を主どる」とか「心は神明を主どる」など様々にいわれていますが、いずれも心が精神活動の中心になっていることを述べています。
中国古代では脳は五官や四肢を支配する奇恒の腑であって、脳が精神活動の中核と認識されるのははるか時代が下り、西洋医学の影響を受けた明清代(例えば明代の李時珍著『本草綱目』は脳を元神の府と記しています)なのです。
それまでは「心とは君主の官、神明ここより出ず」(『素問』霊蘭秘典論)とあるように、様々な精神活動は心の働きによるものだと認識されていました。
話しは多少ずれますが、以前、「心臓移植をした人に心臓を提供した人の記憶が伝達されているが稀にある」ということをテレビ報道でみたことがあります。
さらに心臓は単なる血液ポンプではなく、心臓の中には「脳点」というべき部分があることが最近、判明してきたというのです。
また精神科医から実際に私自身が聞いた話なのですが、心臓病を患う人や心臓手術を受けた人の多くに不安や欝状態が生じるのだそうです。
こうなると古代の中国人が直感した「心は神志を主どる」という精神に対する心の働きはそれほど荒唐無稽なものでもないような気がします。

次に心の属性や他の諸器官との関連について、古典を表題として簡単に記しておきましょう。
 
「心は小腸と合す」
心は小腸と「心と小腸は表裏を為す」という密接な関係をもっています。
心と小腸の表裏関係は、一つには心経と小腸経の経脈が繋がっていることによります。
具体的には、心経と小腸経の内行経が属絡関係にあることと、外行経では絡脈を通じて両脈の間の脈気がつながっているからです。
もう一つには心と小腸の生理活動や病理にはお互いに関連しあう部分があるからです。
特にその病理は互いに影響しあうとされます。例えば心に熱があると、その熱は小腸に伝わり、血尿や排尿困難を引き起こし、小腸の実熱は胸中の煩悶感や口舌の糜爛など心熱の症状を引き起こすとされます。
心と小腸は五行の分類ではどちらも「火」に属します。

「心は舌に開竅する」
「舌は心の苗」と言われているように、心の生理や病理は舌の動きや舌色に現れるとされます。
例えば心熱があると舌先が赤くなったり舌にできものができたりします。

「心はその華は面にある」
『霊枢』邪気臓腑病形篇に「十二経脈、三百六十五絡、其の血気みな面に上りて空竅に走る」と記されているように顔面部は血脈が豊富に存在しますので、血脈を主どる心の生理や病理状態は顔面の色艶に反映されます。

「喜は心の志」
「喜び」や「笑い」は心を和ませ、血脈の血液の運行に良好な効果をもたらします。
それこそ「笑う門には福来る」なのです。
逆に悲しんだり、「過ぎたるは猶・・・」で笑いすぎたりすると「神志を主どる」心を損ねてしまうとされています。
また心神が変動すると、「神有余なれば則ち笑いて休まず、神不足なれば則ち悲しむ」(『素問』調経論)に見られるように、哄笑や悲しみの感情が起こるとされます。

「心は汗を為す」
汗は血液から化生したものであり、「心は血を主どる」ので、五液(汗、鼻水、涙、よだれ、つば)のうち汗は心と関連する液だとします。
私としては汗と心とのつながりを「汗顔のいたり」や「掌に汗握る」といった例えで説明していった方が分かりやすい気がするのですが、中医学書でそうした事例に触れているものはありませんでしたから、もしかしたらこれらの事例は心とは関連が薄いのかも知れません。

[膻中は心の宮城]
膻中は心包絡とも呼び、心を包む膜です。その役割は君主たる心を守る宮城とされます。
外邪が心を侵襲した場合、心包絡が心を保護して、邪気の攻撃を受けるとされます。
心包絡が六臓六腑として一臓に昇格するのは、あくまで経絡学説においてです。
つまり手太陰肺経から始まり足厥陰肝経まで、十二経脈が表経から裏経、裏経から表経へと「環ること端なきが如し」(『霊枢』営衛生会)経気の循行を行うためには五臓六腑では臓の方が1つ足りなくなります。
そこで考え出されたのが本来、孤腑(表裏関係の臓が無い)であった三焦の経脈手少陽三焦経と対応する(表裏関係の経絡)手厥陰心包経なのです。
そのことから心包絡も一臓として扱うようになったと思うのです。

心の病理 心の病理は主に
 
①心の存在部位、
②「心は血を主どる」、
③「心は神志を主どる」の3方面に現れます。

①の主な症状は胸痛、胸部の煩悶感や苦悶感などです。
②の症状としては心悸や結代脈などの拍動の異常、四肢のチアノーゼなどの血行障害です。
③は不眠や多夢、健忘、躁鬱などです。
したがって①~③の症状が現れた場合は、標治としては心を治療します。
現代中医学でも様々な精神的症状に対し、依然として心を対象とした治療を行います。
天津中医学院の石学敏教授のように「醒脳開竅法」を主張する中医もいますが、まだ奇恒の腑としての脳に対する治法は確立しているとは言えません。

=完=

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