中医鍼灸学~臓腑雑説2~
臓腑雑説 2.肺
浅川 要
次に五臓の一つ一つについて、お話していきます。最初に順番を示しておきましょう。肺、心、肝、脾、腎と上焦(膈より上の胸郭の部分)から順に説明していきます。

[肺] 臓腑の中で一番高い場所に位置するのが、肺です。
肺はその位置と形状から、古代には「五臓六腑の華蓋(帝王の乗る馬車を覆う傘)」と呼ばれていました。
肺の下には「君主の官」(『素問』霊蘭秘典論)である心や他の臓腑があり、それを覆って保護するような形をしているからです。
肺は「人身のふいご」(明代の張介賓『類経図翼』)と記されているように、生命のある限り、膨らんだり縮んだりを繰り返します。
肺が縮むと、「宣発」と呼ばれる上向性、外向性の力が生じます。膨らむと「粛降」という下向性、内向性の力が肺に生じるのです。
肺は「宣発」と「粛降」という相反する力を交互に作り出して、人体の2つの重要な生理機能を担当します。
その一つは「気を主る」(主気)と呼ばれるものです。
もう一つは「通調水道を主る」(主通調水道)という作用です。

「気を主る」 「気を主る」作用には2つの内容が含まれています。
その一つは「肺は呼吸の気を主る」と表現される肺の呼吸運動です。 医学典籍ではそのことを「天気は肺に通じる」(『素問』陰陽応象大論)と呼んでいます。 つまり肺は絶えず「宣発」の力を使って体内の濁気を外に吐き出し、「粛降」によって自然界の清気を体内にとり込むのです。
もう一つは「肺は一身の気を主る」ということです。
この「一身の気を主る」という意味には、さらに2つのことが含まれています。
その第一は肺が宗気の生成に関わっているということです。
肺はとり込んだ自然界の清気を脾の昇清作用で胸中まで運び上げられた「水穀の精微」(飲食物から摂取される有用物質)と結合させて「宗気」を作ります。
この宗気が肺や心の働きを助けるとともに営気や衛気の原材料になるのですから、「肺は一身の気を主る」といっていいでしょう。
2つめは、肺が全身の気機(気の働き)に関与していることです。
体のあらゆる動きは各種の気によってなされるのですが、その気の調節には肺の呼吸が大きく関与しているとされております。
『素問』五臓生成篇ではそのことを「諸気は皆肺に属す」と書き記しております。
『中国気功学』(東洋学術出版社刊)などをみると、呼吸が全身の気機と関連し全身の気機を調整できることは、おそらく古代中国の人々が「導引術」などの気功をつうじて実践的に認識していったものではないかと思います。

「通調水道を主る」 肺は脾によって運ばれてきた水液(津液とも呼ぶ)を全身に配布し、また回収する役割をもっています。
その時に使われる力も肺の「宣発」と「粛降」です。
「肺は水の上源」とも称されるのですが、ちょうどビル屋上の貯水タンクのようなイメージなのでしょうか。
水液は胸中から主に「宣発」によって全身くまなく送られていきます。
水液は全身あらゆる所を滋潤すると同時に衛気をその中に含んで全身をめぐるわけですから、宗気から変化した衛気も肺の作用で全身に運ばれていきます。
衛気は主に体表にあって皮膚を温め、外界の変化に応じて汗穴を開閉し、外邪の侵入を防ぐなどの作用を果たします。
ですから衛気も肺と深く関係しているということができます。
各組織や器官を滋潤した水液は、一部は汗などで排泄されますが、残りは主に「粛降」の力によって回収されて、腎に送られていきます。

次に肺の属性や他の諸器官との関連について、古典を表題として記しておきましょう。
 
「肺は大腸と合す」
肺は大腸と「肺と大腸は表裏を為す」という密接な関係をもっています。
肺と大腸の表裏関係は、一つには肺経と大腸経の経脈が繋がっていることによります。
具体的には、肺経と大腸経の内行経が属絡関係にあることと、外行経では絡脈を通じて両脈の間の脈気がつながっているからです。
もう一つには肺と大腸の生理活動や病理にはお互いに影響しあう部分があるからです。例えば肺の「粛降」作用と大便の排泄には密接なかかわりがあるなどです。
肺と大腸は五行の分類ではどちらも「金」に属します。

「肺は鼻を主る」
肺と鼻は肺系という脈絡によって繋がっており、肺と鼻及び途中に位置する喉の共同作業によって呼吸や発声が行われます。
したがって五臓と五官(目、鼻、耳、口、舌)の関連では、肺は鼻と親和性を持っているとされます。
古典の「肺は鼻に開竅する」(『素問』金匱真言論)とか「肺気は鼻に通ずる」(『霊枢』脈度)などの記述は、鼻の機能が肺と連動したものであることを示しています。
ですから外邪が侵入したりして肺が病変すると、鼻詰まりや鼻水、嗅覚異常といった鼻の症状が起こるのです。
当然、五液(汗、涕、泪、涎、唾)の中では涕(鼻水)が肺と関連する排泄液ということになります。

「肺の合は皮、その栄は毛」
肺の「宣発」作用によって送られた衛気と津液が養うことで、皮毛(皮膚と体毛)は外邪から人体を防衛する役割を担いますから、肺と皮毛の間には「肺の合は皮であり、肺の栄は毛である」(『素問』五臓生成)といった緊密な結び付きがあります。
肺気が充実していると、皮膚はつややかできめが細かくなりますので、外邪の侵入に対する抵抗力が強まり、風邪などをひきにくくなりますが、肺気が不足すると肌が荒れ、毛穴が開いて、容易に外邪が侵入してきます。
外邪が皮毛に侵入すると、衛気が鬱滞して寒気がおこったり鳥肌がたったりしますが、同時に肺にもその影響が及んで、肺の「宣発」と「粛降」の作用に変動が起こり(それを肺気不宣といいます)、咳や痰などの症状が現れるのです。

「肺は魄を蔵す」
肺は魄をその内に蔵している臓器だとされます。
魄とは見るとか聞くとか嗅ぐといった人体の感覚や、先天的に備わっている運動能力あるいは本能といったものを指しますが、この魄は肺によって支配されているのだと、古代の中国医学ではみていました。
これについては私自身はよく分かりませんが、『中医臨床』88号の「鍼灸質問コーナー」に『魂魄の臨床的意義について』と題する質問に新村勝資氏が答えていますから、興味のある方はご覧下さい。

「憂は肺の志」
中国医学では、人間の各種の感情はそれぞれ五臓と関係するとされますが、その中で悲しみや憂いは肺と繋がった感情です。
つまり、肺を病むと悲しみや憂いの気持ちが起こりやすく、逆に悲しみや憂いの気持ちを強く持ちつづけると肺を損ねるとします。
医学古典の中にはこのほかにも「肺は治節を主る」とか「肺は百脈を朝す」など、肺に関して様々な文言がみられますが、その一つ一つに説明を加えるには到底、紙幅が足りませんので、最後に肺の病理を簡単に述べて、この稿を終わりたいと思います。

肺の病理 肺が鼻や皮毛と関係する臓器であることはすでにのべましたが、外邪が侵入するのもまさに鼻をつうじた呼吸や皮毛からですので、五臓六腑の中では、肺が外邪の影響を真っ先に受けてしまいます。
ですから「肺は寒を悪(にく)む」とか「肺は嬌臓」などと言われております。
肺の病変は外感病にしろ内傷病にしろ「宣発」と「粛降」の失調ですから、咳漱や呼吸困難、息切れ、喀痰、喘息、浮腫みなどがみられたら、直接的(標治法的)には肺の「宣発」と「粛降」に対する治療をおこなわなければなりません。

=完=

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