中医鍼灸学~四診雑感3~
四診雑感 その3「問いて之を知る」
浅川 要
私の治療院では、基本的にどんな患者さんでも、1人に1時間の枠で予約をとります。けっして患者さんをダブってとることはありません。
1時間の枠のなかで、問診がその何分の一かを占めます。私の場合、わりとじっくり話を聞きます。
でも、この聞き方というのは、非常に難しいことです。へたをすると、世間話になってしまう可能性があるからです。
あるいは人によっては、頭の先から足先までの様々な症状を微に入り細をうがつように、色々な形容を使いながら説明しますから、こちらの内心のあせりとは無関係に、時間だけはどんどん過ぎてしまうことになります。
したがって、おしゃべりな人や話したいことが山ほどある人は、要注意です。
一度などは一時間の枠を目一杯、問診に費やしてしまい、次の人が来てしまいましたから、結局、はり治療はできず、当然、お代もいただかず、疲労感だけが残ったことがあります。
どうも気弱(?)な私には、途中で相手の話を打ち切ってしまう勇気が無いようです。ですから、つれあいが言うように、何年たってもセミプロから抜け出せないのかもしれません。
針灸治療院を訪れるのは、普通、何らかの症状を治してもらいたいからですから、その症状の具体的内容(何時、何処で、どの様にして、どの様な症状が起こり、治療時点までどの様な経過を辿ったか等々)を詳しく把握しておかなければなりません。
そして、それを知る手だてが問診なのですから、問診は主訴の情況を判断するために欠くべからざるものなのです。
確かに経絡派の鍼灸師の方には「不問診断」と称して、問診をなさらない人もいらっしゃいますが、治療家の主観に頼る望聞切診と患者の主観を表現する問診の双方がかみ合ってこそ、正確な診断が下せるのではないでしょうか。
明代の李中梓も、脈診のみで診断を下している当時の中国の一部の臨床家を批判して、「古の神聖は、未だかって望聞問切の四者を以て互いに相参考にし病情を審察せざるはなし」(『診家正眼』)と述べていますが、このことは診断上の基本だと思います。 
問診では、要領よく質問していかなければなりません。したがって聞くべき事項を予め順序だてて用意しておきます。
その点では、問診用のカルテを自分で作っても良いと思いますし、あるいは医道の日本社の「最新針灸カルテ」といった市販のものを使っても構わないでしょう。
こうしたもので、身体の一般的情況を把握し、さらに主訴についての細かい質問をしていきます。
これで多くの場合、主訴を起こしている臓腑経絡や気血津液の変動の状態が浮かび上がってきます。
たとえば、食欲不振の場合、直接は胃の受納機能が失調することですから、病位は胃で、感情の変化に対応していれば肝気犯胃などが考えられます。
この後の舌診や脈診が、話を聞いて考えた証と一致するものなら、証として確定しますから、標本同治の治療が行われます。
もし食い違っていたら、虚実が挟雑しているのか、どれかが仮象なのか、あるいは四診の一部に誤認があるのかなど、食い違いの理由をあれこれ考えます。
病態は非常に複雑ですから、実際の臨床では、問診で思い浮かべた証と他の診断法で得られた情報が食い違うことなど、いくらもあるわけで、教科書的な典型例こそむしろ少数といえます。
問診で得られた主訴の情況と他の診断法が食い違っていたら、無理に証をたてる必要はありません。
とりあえず主訴の症状を緩解させることに全力を注げばいいわけです。
何回かの治療の中で食い違いの理由がはっきりしてきますから、そうしたら本治(弁証治療)を組み合わせていきます。
一番いけないことは、中医学の教科書に実際情況をあてはめようとすることで、そのために誘導尋問的な問診を行い、それに基づいて証を下すことです。

=完=

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